日本の里山風景はなぜ失われたのか
著者・高槻 成紀
ヤマケイ新書、定価800円+税
小学唱歌「故郷(ふるさと)」が世に出たのは1914年(大正3年)。それから、ちょうど1世紀後。「故郷」に盛られた歌詞から、現代日本がいかに遠い所に来てしまったかを生態学者が読み解く、興味深い1冊が出た。
「故郷」は「兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川」で始まるが、現代人の大部分は山でウサギを見たこともなければ、川でフナを釣った経験もない。どちらも姿を消してしまった。それを「都市開発が進んだため」などと簡単に片づけるだけでは、コトの本質を見誤る。本書はそれを丹念に分析している。
著者は、「故郷」で歌われた風景は、日本の農村が何百年にわたって整備してきた里山のたたずまいであり、自然と調和した生活の場だったと規定。しかし、戦後の高度成長期を経て、過疎化などで調和が崩れ、ウサギの代わりにイノシシ、シカ、クマが里山に姿を現すようになった。具体的には本書を読んでもらえば、その理由がよくわかる。「もっと豊かに」「もっと便利に」と生活水準の向上を追い求めた日本人は、それを達成した代わりに、「故郷」が描いた自然を失った。
見方を変えれば、もはや帰れないとわかっていながら、今なお多くの人々が愛唱する「故郷」という唱歌の不思議な魅力は、今後も失われることはないに違いない。東日本大震災後、被災者らによって繰り返し歌われたことは、まだ記憶に新しい。“お手軽新書”が幅を利かせている昨今、マレにみる良書。 (のり)