元外務省官僚による世界情勢の独自分析
著者・佐藤 優
NHK出版新書、定価780円+税
著者は元外務省主任分析官で、多数の著書に加えて、最近はテレビのコメンテーターとしても頻繁に登場する著名人。
その著者が「〈いま〉を読み解くために必須の歴史的出来事を整理して解説」し、「世界史を通して、アナロジー〈類比〉的なものの見方を訓練する」ために書いたのが本書である。それを通じて「戦争を阻止する」という別の狙いもあると書いている。
具体的には、序章で「歴史は悲劇を繰り返すのか」と問い掛け、「多極化する世界」「民族問題」「宗教紛争」をそれぞれ「歴史的に読み解く極意」を示し、「新・帝国主義」(第1章)、「ナショナリズム」(第2章)、「イスラム国」「EU」(第3章)を解説する。大学院で「神学」を学んだだけあって、「イスラム国」と「EU」の歴史的対比など、ユニークな視点もあり、第3章だけでも一読の価値はある。
著者は「現代の新・帝国主義」は「第三次世界大戦」には至っていないものの、ウクライナ、パレスチナ、イラク、シリアなどでは「核を使わない戦争が続いている」という現状認識を示しながら、こうした戦争や紛争を解決するには、かつてEU結成の起動力となった「もうこれ以上殺し合いをしたくないと双方が思うほかない」という。
その上で、さらに二つの可能性を提起する。一つはもう1度啓蒙に回帰し、「人権、生命の尊厳、愛、信頼と言った手垢のついた概念に対して、不可能だと知りながらも、語っていく」こと。もう一つは、イギリスのように「目には見えなくとも存在するもの」(実念論)を「近代的な民族を超える統合原理としていく」ということだという。
「モダンをリサイクルする」という言い方だが、言い換えると、立場や見方が異なれば歴史は異なるため、アナロジー(類比)の力を使って歴史が複数あることを知り、資本主義やナショナリズムを近代の原点に立ち返って見直す、という意味であろう。
著者も言うように、近代が限界に近いことは確かで、その兆候は至るところに現れている以上、ポストモダンの新しい理念が不可欠ではあるが、これまで試みられた新しい理念がことごとく失敗している以上、著者の言う「モダンをリサイクルする」というのも新しい試みかも知れない。 (酒)