千葉・東金事件にみる障害者の「犯罪」とは?
著者・佐藤 幹夫
岩波書店、定価2700円+税
2008年9月、千葉県東金市で起きた女児殺人・死体遺棄事件は軽度知的障害者の男性による犯行として、逮捕、起訴、公判を経て12年3月の最高裁判決で懲役15年の実刑が確定した。本書は、事件を通じて知的障害者の犯罪が司法でどのように裁かれるかを記録した貴重な1冊。
この事件は知的障害者の持つ社会常識や善悪の判断能力をめぐり、女児を持つ多くの家庭は「知的障害者(とりわけ男性)にどう接するべきなのか」と身構え、障害者支援組織や教育機関は「障害に対する社会の偏見が強まるのでは」と強く懸念した。それだけに、公判を通じて何がわかるのか、大きな社会的関心を集めた。
本書は①事件発生から公判まで②公判の記録③弁護士や鑑定人へのインタビューの3部で構成。事件は決め手となる物証に極めて乏しかったことから、被疑者の供述に重点が掛かり、その分、捜査当局による取り調べの「誘導尋問」の可能性など、知的障害者の供述をどこまで信用できるかが問われた。著者もこの分野のエキスパートとして、担当弁護士や鑑定にあたった専門家の見解などを詳細に紹介している。
しかし、結果だけを見る限り、本書の副題でもある「誰の、何が、裁かれたのか?」という問いに対する明確な答えが出たとは言い難い。冤罪(えんざい)立証へ真っ向勝負で臨むはずだった主任弁護士が辞任。1審では「ただ女児に謝りたい」と繰り返した被告が高裁、最高裁へと相次ぎ上告した。著者にとっても意外な展開が続き、記述は苦悶に満ちている。
本書には公判前整理手続き、責任能力、訴訟能力、自己防御権といった法律用語があふれ、一般の読者にとって易しい内容ではない。しかし、「障害者の社会参加」が一般的になるにつれ、必然的に社会が直面せざるを得ない問題でもあり、その意味で本書が突き付けた課題は重く、見逃せない。 (のり)