ビー・スタイル ヒトラボ編集長 川上敬太郎氏
オレオレ詐欺という言葉がはやっていたころ。
一人暮らしの祖母は大丈夫かと心配になり、父に尋ねてみると、実は祖母の家にも電話がかかってきたと言う。プルルルとなった電話に祖母が出ると、
「あのさ、オレやけど……」。
電話を受けた祖母は、間髪いれずにこう答えた。
「おお、おまえかっ!!ガチャン!」
そう言って受話器を叩きつけて以来、2度と電話がかかって来ることはなかったらしい。金をだまし取ってやろうと考えていたはずの詐欺師は、さぞかしびっくりしたことだろう。電話の向こうでどんな顔をしていたのか。想像するだけで笑いが止まらなかった。
祖母は30年前に伴侶の祖父を亡くし、以来、一人暮らしをしてきた。介護が必要な状態になってからも1人の方が気楽だと言うので、長男の父を筆頭に子供たち兄弟姉妹がローテーションを組んでサポートしてきた。
長男の息子である私は、可愛がってもらったと思う。小さいころから、祖母のもとに立ち寄るたびに、いつも「敬ちゃんは、かわいい顔しとるねえ」とほめてくれた。
しかし、テレビで明石家さんまさんを見つけた時も、「さんまちゃんは、かわいい顔しとるねえ」と言っていた。そんな祖母に内心、「誰にでも言うんかい!」と思いながらも、どこか憎めない愛嬌のある人だった。
特装車の修理工場を経営していた祖父を支えながら、戦後の混乱期に7人の子供を産み育てたゴッドマザーの持つユーモアと愛嬌には、人生の厳しさに裏打ちされた芯の強さがあった。だから、オレオレ詐欺を鮮やかに撃退し、しかも笑いに変えてしまうなどという芸当ができたのだろう。わが祖母ながらあっぱれな才能である。
人生の大半を専業主婦として過ごした祖母のような隠れた才能が、日本にまだたくさん埋もれているのだと思う。人の才能を活用するサービスの総称を「人材サービス」と定義すれば、日本にはまだまだ新たな人材サービスを生み出せる余地があるはずだ。
そんな祖母がこの6月、94年の生涯を全うした。子供、孫、曾孫たちに見送られて旅立った天国で、30年ぶりに再会した祖父とどんな会話を交わしているのだろう。