国家も政治もエネルギーにあふれていた
著者・早野 透
中公新書、定価940円+税
政権交代は果たしたものの、多くの国民が「決められない政治」にウンザリし、間近に迫った総選挙にどう対応するか、考えあぐねている。そんな空気を反映してか、戦後昭和を体現する政治家、田中角栄(1918~93年)に関する著作が相次いでおり、本書もそのひとつ。
新潟県旧西山町の農家に生まれ、学歴、地盤、資金もない社会の底層からはい上がり、戦後に政界入りし、72年に首相にまで上り詰めた立志伝中の人物。74年の金脈問題で退陣、76年のロッキード事件で逮捕されたものの、その後も政界を牛耳る「闇将軍」として君臨した。
本書は、朝日新聞政治部の記者だった著者が、長年にわたって「角栄番」を務め、本人や周辺人物への取材などを通じて書きためた角栄一代記。「青少年期の思い」から「“今太閤”の栄光と死」まで全8章にわたって、角栄の足跡や自民党の派閥抗争などを克明に追った。同時に、その背景となった政治経済の動きや旧新潟3区の思いについてもウオッチしており、単なる「角栄もの」の域を超えた戦後日本のあぶり出しに成功している。
全編を通じて感じられるのは、角栄という稀代の政治家を生んだ戦後日本の復興と成長であり、ロ事件を頂点に繰り返された政治スキャンダルをも呑み込む、沸々とした国家的なエネルギーだ。首相就任の翌年、第1次石油ショックが発生して高度成長期が終わると同時に、角栄も金脈問題をきっかけにピークアウトしたのはあまりに象徴的。「戦後日本の悲しき自画像」という副題は示唆に富む。
しかし、死去から20年が過ぎても、いまだに記者や評論家らの角栄ファンは多い。本書も抑制のきいた筆致の向こう側に、角栄への追慕がにじみ出ている。良くも悪くも、「昭和の政治家」には人を引き付ける強烈な人間臭さがあった。自己保身に右往左往する現代の政治家からは、スマートにはなったがこの種のにおいは感じられない。 (のり)