ビー・スタイル ヒトラボ編集長 川上敬太郎氏
齢70になる私の母は、大音響を聞くといまだに子供のように震える。
幼かったころ、何度も上空を通ったB29から聞こえる爆音への恐怖心が消えないのだという。そんな生々しい話を聞くと、自らは経験していなくても、なんとなく戦争の怖さというものを実感できた。
いまから11年前の9月11日。ニューヨークで突如、大きな2つのビルが跡形もなく崩れ去った。その大惨事を実感としてとらえるまでに、少し時間がかかったと記憶している。リアルタイムで中継されたTV報道が、まるで映画のワンシーンのように映ったからだ。しかし、その後繰り返されたシリアスな報道をみるにつれ、テロというとんでもないことが起こったのだと徐々に理解していった。そして、はっきりと実感としてとらえられるようになったとき、初めて血の気が引いた。今年、社会人になった新卒社員たちは9・11当時、まだ小学生だったという。
さらにさかのぼること6年、地下鉄サリン事件のころの彼らは幼稚園生だった。当時流れていたニュース映像を目にしたことはあったろうが、事件が起きた現場にいて直接体験でもしていない限り、その恐怖心を実感するのは難しい年代だろう。歴史を知るものが、その時の体験をありのまま伝える術には限界がある。しかし限界はあっても、その時どんな感情が社会を駆け巡ったかは経験した者にしか語ることのできない貴重な記憶であり、間違いなく後世に伝える価値のあるものだ。
大東亜戦争は67年前、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件は17年前、9.11世界同時多発テロは11年前、そして東日本大震災は1年前。その時の「感情」を生々しく伝えられるのは、その時代に生き、経験した者だけである。後の世代に語り継ぐべき生々しい感情。それが少しでも伝えられたならば、未来への大いなる遺産となるに違いない。
人材派遣業界においても、歴史を語り継ぐことの重要性を感じさせられる場面に時々遭遇する。業界黎明期を知る大先輩たちから伝えられるエピソードを聞くとき、自らの中に何とも言えない感情が湧き上がる。その感情が「想い」へと昇華されたとき、語り継がれた歴史は私の中で大いなる遺産となる。
日本人材派遣協会初代専務理事の納富隆氏の逸話や、マン・フライデー創業者である竹内義信氏が著した冊子『派遣前夜』で語られている業界の成り立ち。先人たちの感情に触れると、今、人材サービス業界に身を置くものは、すべからく歴史の継承者なのだと再認識させられる。
そんな私たちはまた、新たな歴史の創造者でもある。そして、業界黎明期の「想い」と共に、歴史の継承者として語り継いでいくべき存在なのだ。