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2012年8月18日

【この1冊】『革新幻想の戦後史』

「戦後」の終焉と転換を告げる体験的戦後史論

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著者・竹内 洋
中央公論新社、定価2800円+税


 
 2000年に読売新聞社の読売論壇賞と中央公論社の吉野作造賞を合体してスタートした読売・吉野作造賞の第13回受賞作。
 
 著者は日本教育社会学会会長なども歴任した教育社会学の代表的学者だが、70歳の定年退職を控えたいわば「卒業論文」。個人的体験をベースにしながら、「左派にあらざればインテリにあらず」とされたのはなぜか、という問題意識を出発点に、戦後史の主要事件を分析している。
 
 著者によれば、かつて左派であることが「インテリの条件」であるかのようになってしまったのは、戦後の論壇で活躍した「左派インテリ」による「二度と戦争をおこすまい、という侵略戦争に対する悔恨共同体」が、多くの日本人が抱いた敗戦感情の複雑性を一面化し、戦争体験のない若いインテリ層にまで「革新幻想」を広めたのが原因だという。
 
 そして、彼らが論壇を中心に社会活動にコミットしたのは、その時々の漠然とした社会のムードや感情と連動していた、と喝破する。さらに、こうした「進歩的文化人」の言説がさらに大衆化し、今やテレビのキャスターやワイドショーのコメンテーターに引き継がれているという。
 
 個人的体験と多くの文献・ヒアリングに裏打ちされた、率直でユーモアあふれる語り口は読者を飽きさせないが、本書は筆者が分析する「戦後史」はすでに終焉しており、現在の思想・イデオロギーの針が当時と逆方向に振れてしまっていることにも気づかせてくれる。
 
 例えば、反米的発言や親中的発言をするインテリに、「国益に反する」と集中砲火を浴びせる。尖閣列島、竹島、北方領土などの領土問題について、「外交交渉による平和的解決」を訴えるブログをののしる書き込みによって「炎上」させる。「南京虐殺」「慰安婦問題」「日本による植民地政策」について、少しでも日本側の非を認める発言をすると、「自虐史観」と責め立てる、などだ。
 
 本書で言う「左派にあらざればインテリにあらず」どころか、「右派に同調しなければ、論壇やジャーナリズムの世界で生きていけない」と感じられるほど、時代の座標軸は戦争直後の左寄りから大幅に右にシフトしていることを思い知る。
 
 かつて公式の場では一種のタブーだった「憲法第9条の改訂」「自衛隊の正規軍化」「徴兵制の導入」「核武装」などが、現代の雑誌やテレビなどで公然と語られるようになった。それ自体が、戦後史の「転換」を示していると言えよう。
 
 いずれにしても、本書は「インテリとは何か」「社会の中におけるインテリの役割とは何か」「日本の論壇やジャーナリズムの役割とは何か」などを考えるための必読書と言えよう。(酒)

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