クラシックが「退屈で難しく」なくなる本
『人生が深まるクラシック音楽入門』
著者・伊東 乾
幻冬舎新書、定価860円+税
北欧フィンランドの首都、ヘルシンキ市街地にテンペリアウキオ教会という教会がある。40年ほど前に建てられた大きな教会だが、岩盤をくり抜いた構造で、建物内部はむき出しの岩盤にぐるりと囲まれ、天井ドームと岩盤の間には採光用ガラスがはめ込まれている。
評者が以前訪れた真夏の堂内では、中心に置かれたピアノで女性がバッハの「平均律クラヴィア曲集」の有名な前奏曲を弾いていた。その響きが建物の隅っこにいる評者のところまで鮮明に伝わり、ひとつひとつの音が足元からはい上がって来るような感じで聞こえた。驚いて後で聞いたら、岩盤による音響効果のためだった。
そんなことを思い出したのは、本書でクラシック音楽のルーツとされるグレゴリア聖歌が、中世ロマネスク様式の石造りの教会で発展したという解説を読んだため。窓のない石造りの建物なら、音がよく響く。ヘルシンキの教会で評者が感動したのも、そのためだったと納得できた。
本書は表題こそ陳腐だが、中身は陳腐どころか、「名曲解説」に終始する一般のクラシック音楽入門書とはかなり味が違う。建物と音楽の関係史、楽器の生い立ち、生演奏と録音演奏の違いなどを織り交ぜながら、お勧めの音楽をふんだんに盛り込んでいる。
また、理系出身の作曲家とあって、「人間は利き耳、利き目だけで聞いたり見たりしている」という脳生理学を紹介して、オペラ歌手の歌い方を紹介するなど、目からウロコの解説も多い。なにより、文章が実に読みやすい。
著者自身が指揮した作品のサワリをYou Tubeで聞くこともでき、ユニークな入門書に仕上がっているが、ここまで来たらさらに要望。本書を電子ブックにして、取り上げた曲のサワリを書内で聞けるようにできないものだろうか。きっと、受けると思うが。 (のり)