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2011年8月20日

【この1冊】『老いの才覚』

  たくましさ失った日本の老人指南書

oinosaikaku.jpg『老いの才覚』
著者・曽野綾子
ベスト新書、定価762円+税


 超高齢社会に突入した日本。このまま推移すると2055年には2.5人に1人が65歳以上になるという。どっちを向いてもジイサンバアサンばかりの国になる。

 それほど高齢者が増える社会になる以上、高齢者自身も社会に迷惑をかけない余生の過ごし方を体得すべきだろうが、著者に言わせると、そんな才覚を持ち合わせない「くれない族」の高齢者が増えているという。

 「くれない族」とは「若者が電車で席を譲ってくれない」「政府が年金を増やしてくれない」など、不満タラタラの高齢者集団を指す。年寄りだからもらって当たり前、親切にされて当たり前、という社会風潮が一般化して、「自分のことは自分で始末する」という自立=自律の基本が失われてしまったというのだ。

 著者はその最大の原因を「基本的な苦悩がなくなったため」と分析。戦後66年が過ぎ、経済大国になった日本では衣食住の心配はなくなった。その結果、生きることの意味を知らない、おめでたい老人が増えたという。アフリカの最貧地帯の事情を良く知る著者にすれば、日本の貧しさは「心の貧しさ」と映るようだ。

 そこで、他人に依存せず、自分の才覚で生きるために、著者は「高齢者に与えられた権利は放棄すべし」「人に何かをやってもらうときは対価を支払う」「料理、洗濯、掃除など日常生活の営みを人任せにしない」など7つを挙げる。

 どれも、それほどむずかしいことではなさそうだが、孤独との付き合い方、老いや病気との慣れ親しみ方といった精神的な部分になると、著者の人生論は一段と輝きを増す。キリスト教的な価値観を背景に、凛(りん)とした生き方を貫いてきた人だけに、説得力がある。

 本書が70万部を超えるベストセラーになったこと自体、ある意味で現代日本の高齢者や高齢者予備軍の精神的なモロさが透けて見える。これも、閉塞社会のひとつの側面だろうか。 (のり)

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