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2011年6月18日

【この一冊】『房総沖巨大地震 元禄地震と大津波』

地域出版の存在感光る

bosooki.jpeg『房総沖巨大地震 元禄地震と大津波』
著者・伊藤一男
崙書房出版、定価1000円+税

 

 

 東日本大震災の特徴のひとつに、映像記録がふんだんに残されたことがある。メディアだけでなく、被災者自身による津波襲来の記録も多い。今回は、そのすさまじさや悲惨さが生々しく伝えられた初のケース、と言えるだろう。 

 しかし、そんな記録媒体のなかった時代、とりわけ写真や映像は言うに及ばず、記録文書も満足に残っていない大昔の災害の場合、実態解明には大きな労苦が伴う。今回の地震でも平安前期の貞観地震(869年)との類似性が指摘されるが、当の貞観地震の具体的な記録はほとんどない。 

 本書は江戸時代前半の1703年(元禄16年)、相模トラフで起きた大地震により、千葉の九十九里浜を中心に5000人以上が津波の犠牲になったとされる「元禄地震」の実態解明をめざしたもの。 

 九十九里浜に点在する「津波塚」を丹念に回り、地元旧家や寺社に残された古文書に当たって、市町村ごとに津波の高さ、到着時刻、被害程度などを推定。発生から3世紀が過ぎ、海岸線が延びているため、当時の地形とかなり異なる地域も多く、地質学者の調査や古地図なども使っている。いわゆる「歴史地震学」のあり方を感じさせる労作だ。 

 著者はアカデミズムの学者ではなく、農業のかたわら調査を続けてきた市井の研究者で、05年に死去。出版元も同県流山市のいわゆる地方出版社だ。大手出版では手の届かない、地域出版の存在感を強く印象付ける1冊になった。 

“ベストセラー”になっている吉村昭の『三陸海岸大津波』(文春文庫)に隠れがちだが、実証研究という意味ではそれに劣らぬ内容を持つ。それだけに今回、旭市で津波の犠牲者が出たことは、著者にとっても残念極まりない結果であろう。 (のり)

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