日雇い派遣から生まれた芥川賞
『苦役列車』
著者・西村賢太、新潮社 定価1200円+税
本欄は原則として文芸書は対象にしていないが、今回は例外。本書が第144回芥川賞の受賞作品というだけでなく、社会問題になっている日雇い派遣の中から生まれた作品だからだ。
「現代の私小説」というふれこみだが、確かに著者が経験しただけあって、日雇い派遣の現場風景は具体的だ。派遣会社が用意したバスに乗り、倉庫現場で単調な人足仕事をこなし、200円の弁当を食べ、日当5500円をもらうまで、微に入り細に入り書きこんである。
そんなその日暮らしの生活が「健全」かどうか、人足を集めて労働現場へ送り込む手配師まがいの派遣会社が「社会的」かどうか、議論は分かれるところだ。旧グッドウィルなどの日雇い派遣会社が賃金の一部をピンハネしていたとして社会の糾弾を受け、それが労働者派遣法の改正問題にまで発展したのは記憶に新しい。
著者自身、「ルーズ極まりない日雇いシステムの味を、初手に知ってしまったことが、その後の生活のつまずきの元だった」と告白している。告白してはいるが、日雇いシステムを糾弾するわけでもなく、それをネタにおかしくも悲哀のにじむ作品に仕立てた。つまずきながら、それ以上の元を取った形だ。
「労働者の権利」を叫ぶ人たちにすれば、日雇い派遣などは抹殺すべき労働形態であろう。ところが、政府がいざ「禁止」に向けて動き出すと、多くの日雇い労働者から「放っておいてくれ」の声が噴出した。それに対して、「あなた方は間違っている」と言いきれるだろうか。「その日の5500円」しかアテにできない人間の心理は複雑怪奇なものだ。
ところで、本書の付録扱いされている短編『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』が実におもしろい。腰痛と文学賞との闘いを描いたものだが、他人の不幸を笑ってはいけないと思いつつも、前半はおかしくて、後半は哀しくて、涙がにじむ。 (のり)