会計スキルで乗り切った幕末維新
『武士の家計簿』
著者・磯田道史
新潮新書、定価680円+税
ベストセラーには、村上春樹の『1Q84』のように、鳴り物入りで売れるものもあれば、時間をかけてジワジワ売れるものもある。
本書が世に出たのは2003年4月で、10年秋で42刷に達したというから、後者のタイプであることは間違いない。同年末に同名の映画が話題になったことも影響したようだ。
本書は歴史学者の磯田道史氏が「金沢藩士猪山家文書」を偶然入手し、綿密な解読と分析をもとに書き上げた労作。専門家向けのむずかしい論文ではなく、給料などを現代の水準にも置き換えるといった工夫をこらしており、非常にわかりやすい。
加賀藩代々の「御算用者」(現代の会計担当者、経理部員といったところか)だった猪山家が残した膨大な家計日記を通じて、幕末~明治期の武家の暮らしぶりや明治維新という大変革期への対処ぶりを浮き上がらせた。
圧巻は「第二章 猪山家の経済状態」。下級官吏だった猪山家の財政危機を乗り切るため、当主(映画の主人公)はもちろん、家族挙げて売り払った家財が一覧表になっている。加賀友禅の婚礼衣装を手離した奥さん、茶道具を売った父親など、身を切るような貢献ぶりが目に見えるようで、最も泣かせる部分だ。
この財政再建策が奏功して一家は生き延びた。さらに、「会計」という汎用スキルを磨いた息子が、維新前後に頭角を現し、海軍の高級官僚となっていく様子も描かれる。坂本竜馬のような派手さはないが、間違いなく維新を支えた一人だ。
その辺は本書の目的ではないため、駆け足で触れている程度だが、ドンパチの戦だけが男にあらず。もうひとつの『坂の上の雲』といった趣さえ感じさせ、続編を期待したくなる。 (庚)